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鬱陶しいというだけじゃあ済まないような、甚大な被害も各地に出たほどの、記録的な雨続きのお天気が続いていたものの、それでも気がつきゃ…もう七月も半ばを過ぎてて。七夕を終えてすぐという期末テストが、すったもんだの内に通り過ぎ、あとは夏休みに入るのを待つばかり。
「…って言ってたら、進路指導のひげセンセーに“そういう余裕があるんなら、も一回進路を検討せんか?”なんて言われちったけどな。」
終業式までの数日ほど、先生方のテスト採点のためにかお休みとなるのをいいことに、さっそく市民プールでひと泳ぎと洒落込んでいるのは、これでも高校柔道の軽量級では敵なしという剛の者。モンキィ=D=ルフィくんと、
「あの先生も粘り腰が強いってか、なかなか諦めねぇ人だかんな。」
かくいう俺も、工学部は工学部でも夜間の部ってのはどういうこったって、なんべん聞かれたことやらと、手入れが面倒だからいっそ…と長めに延ばした髪を後ろで束ねたお姿が、ちょっぴりお洒落かも…のウソップくんという二人連れ。プールサイドに腕を置き、お友達を見上げてるカッコのウソップのお顔を見下ろすように腰掛けて、膝下だけをとお水に浸けてるルフィの方は、実は中学に上がるまでは…ここだけの話、水関係の邪妖からちょっかいをかけられてた後遺症から、お風呂以上の大きさの、海でも川でもプールでもあんまりお近づきじゃあなかったものの、ご心配なく、今はもうゾロからの防御障壁もあっての安泰、泳げるようになっております。それはともかく。ハッピーマンデーということから“海の日”が月曜にずれ込んでの3連休は、だが。終始、雨と曇天で埋められてしまい、あんまりどっかへと出られなかったもんだから。今日もカラッとした晴天とまでは行かないものの、家に籠もってくさくさしてんのにももう飽きたとばかり、やはり暇を持て余していたらしき大親友へと声をかけての水遊び。他にも同じような想いの子らが多かったのか、お昼まではまだ学校がある小学生も多数見えての、案外と賑わっている昼下がりの水際で。学齢前の小さい子供を連れて来るには ちと寒いからか、若い母親層も見当たらず。スクール水着が大半のそんな中、バイトの大学生だろか、じっとしている分には蒸し暑いのだろう、ウチワ片手のサングラスにパーカーという姿の監視員が、退屈そうに監視台に座ってる。きゃっきゃとはしゃぐ、まだ甲高いお声の満ちてる中、延ばした足先で水をぱしゃんと蹴り上げながら、
「物理療法の学部を、やっぱ優先すんのか?」
ルフィが訊けば、にんまりという笑みを返して、
「ま〜な。先に基本を固めとかんと、創意工夫もありゃしないってもんだからよ。」
先々では義肢装具の研究に進もうと、それこそ中学生の頃からもう、その進路を固めてたウソップくんだが、そんな細かいところまでの青写真、そういやその時々の進路担当の先生方には、いちいち言ってなかったから。機械いじりが得意な器用さと、個性的なその発想をきっちりと形に出来るまで、こつこつ煮詰めてしまえる根気や冴えも持ち合わせている彼のこと。周囲はてっきり、そのまま工学か物理関係へと進むものだと思っていたらしくって。それがいきなり“医学系へ行く”なんて言い出されたもんだからと、担任の先生も含めて慌てたこと慌てたこと。
「別に仰々しくも“開業医”とか目指してる訳じゃねぇのにな。」
勿論のこと甘く見てもいないから、お勉強はキチンとこなしていたのにね。工学系だって医学系だって、入試にと用意されてるだろう“テスト”はさして差もなかろうし、入ってからのあれこれは、それこそ望むところな試練だったり艱難辛苦だったりなんだから、一体何を心配されているのやらと、はぁあと肩をすくめる彼だったものの、
「ウソップはどうかするとゲージュツ家っぽいから。」
中三の頃には芸術系の美術学校から“推薦入学を受けないか”と打診されてたのを蹴ったという前科もあって。その理由というのが、このガッコのロボット研究部に関心があってのことだってのは、それこそ先生がたにもよくよく知られていること。よって、彼の指針は真っ直ぐに、産業ロボットの開発に向けての“人間工学”に向いているんだろと。その熱中ぶりを見たままに、ごくごく普通に…そこからの延長線上にある未来図を勝手に展開なさっておられた先生たちだったのに違いなく。
「それが“医者の勉強します”って言い出されてもな〜vv」
プールの縁に腰掛けたまま、すぐ目の前でプールに浸かってるお友達へ“からから…”と楽しげに笑って見せるルフィだったりしたものの、
「人のことは言えなかろうよ。」
こっちはちゃんと“設計図”がある身だってのに、笑い者にするか、こいつと。わざとらしくも口元をひん曲げてから、
「お前こそ、ちゃんと考えとかんと先で困るぞ?」
「なんだよ、ひげセンセーみたいによ。」
おお、さすがにむっと来たみたいです、能天気坊や。だが、
「だってお前、柔道が出来りゃあいいってのが進路の唯一の定規なんだろ?」
今はまだそれでも良いのかも知れんが、先々で就職って時によ、争奪戦が起きたりしたら、とんでもないことへ発展しかねんのだぞ?
「なんで?」
「ほらこれだ。」
いいか? スポーツマンがみんなして、お前みたいに能天気だったり、実力だけで人柄や何やまで測ってくれるってな、正々堂々とした判りやすいタイプの人ばっかとは限らんのだ。何であんな名門校にいた訳でもない子が優遇されんだとか、俺のポジションとか地位とか横取りしやがってなんてなことで。スカウトした人じゃなくお前自身を妬んでの、理不尽なイジメとかシカトや村八とかされっかもしんねぇぞ? チームが強くなるんならお徳だって思うのはフロントばかりで、現場じゃ自分のこととかすぐ至近のお仲間しか見えてなかったりするらしいから、練習中とか合宿とかでねちねち散々にいびられた揚げ句に、せっかくの“期待の星”がそのまま芽が出せずに終わったなんてな話が結構あるんだからよ。ところどころで手振り身振りも入っての、なかなかに熱のこもった説明をしてくれた彼だったのへは、周囲でビート板抱えて泳いでいた小学生が、ついつい何事かと視線を向けて来たほどで、
「…何でそういうのに詳しいんだ? ウソップ。」
そですよねぇ。ロボット関係とか物療医学の情報とは、掠りもしないような気がするんですが。
「あほう。スポーツトレーナーってのも、俺が目指してるところに縁がない仕事じゃあないんだよ。」
「あ、そかそか。」
「それと、カヤがCSで再放送してた女子バレのスポ根アニメにハマってるもんで。」
ふ〜〜〜ん。(笑) そかそか、無事にお付き合いは続いていたかと、そゆことへは疎うとそうなルフィでさえ、視線が止まって感慨深げなお顔になったが、まま、それはさておいて。
「まあ、お前が自分で決めたことなんだったら、そのまま突っ走りゃあ良いんでね?」
ゾロさんもそれほど反対はしてねぇんだろ? おお、ちゃんと考えがあってのコトなんなら、俺もよく判んねぇからお前の好きに決めなってよ。
「保護者代理なのに無責任だよな。」
大人なのにしょうがねぇよな〜なんて、そんな言いようをしながらも。実は…それが一番の、自信の支えなんだと言わんばかり、しししっと満面の笑みで嬉しそうに笑って見せたお友達へ、
“やっぱ、大好きな人からの後押しが、一番嬉しいし励みにもなるもんな。”
こんな小さいのに全国レベルの凄い奴、それはそれはお元気なお友達のこと、いつも一番間近で見て来たウソップだからね。ずっとお兄ちゃん子でお友達も少なかったルフィ。幼稚園で知り合ったばっかの頃は、いつもいつも一緒で、いつもいつも声をかけ笑いかけるウソップへ、慣れぬこととてちょびっと及び腰でいたルフィ。ちょうど今頃、夏休みに入る前、
『…明日も遊べる?』
終業式の日の別れ際、おずおずと訊いて来たのへ、当たり前だろって。そんなもん、わざわざ訊くなって笑ってやったら、何でだか手放しで泣き出して慌てさせられたのも、今からでは“それって誰のお話ですか?”と他でもないウソップ本人が思うほどの遠い遠い思い出で。
「そんで? 夏休みは何か予定でもあんのか?」
学校から指定されてる模試は受けるけど、集中ゼミや塾通いはしないと、胸を張ってたお友達。その代わりにお家で大人しくお勉強…ってコトにも落ち着かない奴に決まっているからと、そこまで見越して訊いてみりゃ、
「おお、懸賞で当たったイベントに出掛けるぞ?」
「相変わらずクジ運いいのな、お前。」
ゾロにも言われた、それも取り柄に数えて良いんじゃないかって。うんうん、俺もそう思うぞ。で? どんなイベントだ?
「…ドラゴンメイデン・ファンタジーワールドの旅〜?」
何をそんな子供っぽいものへと笑い出すかと思いきや。
「どどど、どうしてそんなのに招待されてんだよっ!」
「ウソップ?」
今時のあれこれにはたいがい精通している物知りだし、特にPC関係においてはルフィの師匠で、ネットゲームにも詳しいウソップだから。少しでも知ってたら自慢してやろなんて、ささやかに思ってたのが吹っ飛んだほどに、水から上がって来たそのままという勢いで、ルフィの肩をがっしと掴むと、中身を撹拌したいかくらいの揺さぶりよう。
“中身ってのは何なんだ、中身ってのは。”
いやですね、言葉の綾ですよう。
「だから、さ。駄菓子のぱふぱふで当てたんだよ、舞州のテーマパークに限定ご招待ってのが。」
部活の畑があまりに違うそのせいから、ガッコ帰りまではいつも一緒という訳に行かなくなったが、相手がどんな寄り道しているかくらいは何となく察することも出来る間柄。買い食いしつつ、応募券を集めた彼なんだろなというのはウソップにも何となく判ったもんの、
「そんな懸賞、やってたとはなぁ〜〜〜。」
「? え?」
だってよ、まだ開園予定も公表されてないってのに、ゲーム通の間じゃあ凄い盛り上がりようなんだぜ? そのテーマパーク。
「そのためにってだけに埋め立てて作った孤島に、外の空気を完全遮蔽して作ったって大盤振る舞いぶりも、いくらマニア市場だけが賑わってる今時だって言っても、物凄く思い切ったことだしよ。」
例えばCD市場では、レンタル店が当たり前の存在となり出した頃合いから、個人層の購買率がガタンと落ち、着メロに続く着うたの普及やデジ音ツールの流行によるダウンロード形式が定着しだすにつれ、ますますのこと売り上げ枚数の向上は危うくなったと言われて久しいにもかかわらず。アニメ関係のCDだけは、主題歌、アルバム、劇場版のサントラ、番外ドラマCDは言うに及ばず、今やキャラ・ソンCDなんていうコアな代物だって、予約だけでも大した数をさばけるドル箱だとか。だって、ジャケットの描き下ろしイラストとか封入特典ステッカーとか、そういうのも余さず欲しいですものねぇ? DVDも、映画だったらレンタルして間に合うところ、アニメやゲームファンは“自分の”をどうしても手元に置いときたがるものだから。こちらもセル部門がなかなかに安定しているそうで。勿論のこと書籍業界においても…本の売上も右肩下がり、雑誌がなかなか生き残れない昨今だのに、原作の掲載されてる本誌は言うに及ばず、特集ムックにムービーブック、果ては同人誌アンソロまで、紙媒体も元気元気の絶好調と来て。こういう産業を何で国は放っておくんでしょうかしらね。バックアップすれば、凄んごいお宝になること間違いないのにねぇ? まま、そういう話へまで脱線するのは止すとして。
「まだ正式名称だって決まってないってのによ。」
「あ、うん。それはパンフにも書いてあった。」
今回のイベントは“ドラゴンメイデン”とかいうオンラインゲームの世界が基本になってる催しで、同じ系列会社のキャラもちょっぴり混在してはいるらしいが、こういうものは流行ってのに追われるものでもあろうから、
「協賛会社が増えたら、1つのゲーム名だけに絞れなくなるだろしってことで、まだパークの名前は未定の仮名なんだって。」
「仮名?」
うんと、こっくりこと頷いたルフィは、
「ケルベロス島ってんだって。」
「おおっ、それってゲームの最終ステージの、古代遺跡の島の名前じゃんか。」
泳ぎに来ているはずだったのにね、気がつけばゲーム談義に花が咲き、危うく体を冷やして風邪まで拾ってしまうとこ。
「やっぱり持つべき者は話の分かる友達だよな、ゾロはゲームのことなんて、俺以上に知らないからさ、隠しダンジョンだの宝箱でしか手に入らない武器とかもあんのかなって訊いても、ちんぷんかんぷんって顔すんだもんな。」
「ええっ、お前ゾロさんと行くのか?」
「何だよ、まずいか?」
「いや…そうなると、いかにもな武者風とかの武装の仮装をした途端に、どっちが主人公でどっちが従者だか判らなくな…あ・いやその、もごむご。」
確かにな〜。あちらは屈強精悍な、それは雄々しき偉丈夫ですものね。わざとらしいコスプレだってそりゃあ映えもするだろし、そんなお人とこのちびちゃいルフィとが二人並んだりした日には…。そんな言われようにこそ、ぷぷいと頬を膨らませたルフィだったものの、受験生とは思えないほど無邪気にも、楽しい予定が待ち受ける夏休みを前にして、ついつい口元が笑えて来てしょうがないらしく。
「あ〜あ、早く夏休みに入んねぇかなっ!」
そですか。でもでも、宿題にも真摯に当たってくださいませよ?
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*PCの機嫌が気になって、なかなか筆が進みません。
お話が相変わらずの鈍さですが、相すみませんです。 |